「!!そ、それは本当ですか!!」

アルトリアの驚愕に満ちた絶叫が響く。

「シ、シロウが征服王の近侍を・・・」

「ああ、何でも卒業試験を兼ねた修行時に征服王の臣下となったらしい。かく言う俺も彼の修行時に出会い友誼を誓った身であるがな」

遠き眼でかの日に思いを馳せる。

「あいつ一体どういう交友関係持っているって言うのよ・・・イスカンダルの臣下になったり、ディルムッドと友誼をかわすなんて・・・」

もはや驚きを通り越して呆れ果てた様子で溜息をつくのは凛。

最も、その苦情は士郎にではなく、彼をそういった場所に本人の意思に関係なく送り込んだ当事者に言うべきであるが。

「リン、あまり喋らない方が良いです。舌を噛みますよ」

そんな凛にアルトリアが注意を促す。

それもその筈、今凛はアルトリアに抱えられ、疾風の如く士郎とイスカンダルのいるポイントに向かっていた。

無論彼女達だけではなく、メドゥーサはルヴィア(強行に同行を主張し、説得を諦めた為)を、セタンタはバゼットをそれぞれ抱えて。

その時、目的地から聞き覚えのある声が聞こえた・・・いや雷鳴の如く轟いた。

「では行くぞエミヤ!戦を始める!」

「!!あの声は・・・間違いないですね・・・」

「騎士王よ疑っていたのか?」

「疑うと言うよりも信じたくなかったのが正確です。あの男が有力な味方になる事は確信していますが、それでも・・・あの男とは相容れられない」

アルトリアの苦渋に満ちた表情と声がイスカンダルとの確執をいやでも物語っていた。

「!!士郎」

苦悩のアルトリアの耳に凛の声が響く。

はっと視線を向けると確かにイスカンダルの隣に並び立つ様に見慣れぬ服装をした士郎が立っていた。

「っ!!」

それを見た瞬間何故かアルトリアはその胸中に形容しがたい感情が沸き立つのを自覚した。

見るだけでその胸中を不快に煮えたぎらせるその感情を持て余していた。

そして・・・その口からは誰に聞こえる事も無い小さな・・・口の中で消えるほど小さな声で・・・それも自分にすら聞こえないほど小さく・・・呟いた。

「あんな男に・・シロウは相応しくない・・・絶対・・・」

八『焦燥』

じりじりとにじり寄る『六王権』軍に対峙するイスカンダルと士郎。

「数は?」

「ざっと見て十万近く・・・もしやすればそれを越えるでしょう」

「ふむそうか・・・ここを包囲していたのは」

「推定二十万」

「ならば半分近くがここに集まったと言う事か・・・宜しい。エミヤよ!!準備を始めよ!」

「はっ・・・投影開始(トーレス・オン)」

イスカンダルの号令と共に士郎の手に虎徹が生み出される。

「そして!!後ろで観戦しておる英雄豪傑、そして勇者達よ!」

さすがと言うべきか、イスカンダルは既に後方のアルトリア達に気付いていたようだった。

「とくと見よ!再び見るが良い!!真の王たる者の姿を!!」

語尾に重なる様に熱風が吹き荒れる。

そして風は全ての風景を一変させた。

アスファルトで固められた道は赤茶けた土が剥き出しの大地に、見るだけで憂鬱を誘う暗闇は灼熱の太陽が照りつける蒼穹の空に、全ての建物は消え失せ地平線の彼方まで遮る物は何一つ無い。

風が霧の都ロンドンをその風吹き荒ぶに相応しい場所に変えた。

「まさか・・・これって・・・固有結界?」

凛の呟きが静かに響く。

「おい・・・ありゃ何だ」

セタンタが珍しく呆然とした声を発する。

イスカンダルと士郎の後方が左右の空間が揺らぎ、朧げな影が現れる。

そしてそれは次々と色を帯び、厚みを取り戻し、その形を鮮明な物に変えていく。

人種、装備、何もかもがばらばらであったが、その威風堂々とした空気は猛々しく、その身を包む輝くばかりの甲冑は競い合うように華やか。

そしてそれが全て形となった時、後方の全員は・・・一度見たはずのアルトリアですら・・・声を失い、息をする事も忘れた。

それは輝き眩い黄金の軍勢、英霊となったにも関わらずイスカンダルに付き従う勇者達、イスカンダルの人間として最高位のカリスマに魅せられ、彼の呼びかけに応じて馳せ参じる英霊達の軍勢。

征服王イスカンダルをして己が至宝と呼ぶ臣下との完全なる忠義と絆を明確な形とした彼が誇る最強宝具・・・『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』。

初見でなくても・・・初見であれば尚の事、その輝き、その威風どれもが全てをひれ伏させ畏怖させるに充分なもの。

そして・・・輝ける具足など一つも身に着けていないにも関わらず・・・士郎は当然の様にそこに・・・イスカンダルの隣にいた。

事情を何一つ知らない他者から見れば、圧倒的な征服王の軍勢に相応しくないみすぼらしい風情であった。

荘厳な宗教画に紛れ込んだ異物。

即刻排除するべきゴミにしか見えない。

だが、そこにいる事を咎める英霊は一人もいない。

例え外見は見劣りしたとしても、その武勇はここにいる英雄達の誰にも引けを取らない事を全員が知っている。

あの輝かしき日々、彼らは轡を並べ同じ旗、同じ王の夢の下で戦った。

その彼らが共に戦った戦友の力を知らない筈がない。

と、そこに士郎が直ぐ近くの英霊に何時の間にか投影したもう一本の刀を手渡す。

それを英霊は何の疑問も持たず、受け取り直ぐに隣に手渡す。

手渡された英霊も軽く握りそれから隣へと次々と手渡される。

それを尻目に、イスカンダルに寄り添うように巨大な馬が一頭現れる。

馬であるにも拘らず、その存在感は周りの英雄達と決して引けを取らない。

「ははっ来たか相棒よ」

「久しぶりだな。ブケファラス」

その馬の首をイスカンダルは抱き、士郎は優しくその首を撫でる。

巨馬はイスカンダル、士郎それぞれに甘えるようにいななく。

「はははっ、そうかそうか、エミヤよ、相棒もお前の事を覚えておるぞ!」

「それは光栄です。伝説の名馬に覚えてもらえるとは」

穏やかに笑う。

「皆よ!」

ブケファラスに跨りイスカンダルは後方の英霊達に呼びかける。

その声に盾を鳴らし応じるは征服王の旗の下に馳せ参じた英傑達。

「喜べ!今日この時より再びエミヤが我が軍勢に戻った!これにより我が軍勢は完全なる物に甦った!」

『然り!』

王の声に英霊達は歓呼で応じる。

「それはすなわち!!我が軍勢は何者にも破られる事の無い無敵の軍勢に戻った事になる!」

『然り!然り!』

歓呼は更に大きな物となる。

「ましてや!」

言葉を区切り、前方の『六王権』軍を一瞥する。

「あのような有象無象の群れに敗れる道理は欠片も存在しない!」

『然り!然り!然り!!』

王の言葉に賛同し吼えるように轟く歓呼は天をも震わせる勢いを思わせた。

そんな中、一人無言を貫いていた士郎だったが、突然天に虎徹を振り上げ

「然り!!」

どの英雄よりも大きく響く声で王の言葉に賛同する。

『おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

その声につられる様に、各々の得物を天高く突き上げ、咆哮とも怒号ともつかない声で全てを震わせる。

その戦意はこれ以上、上がらないであろう所まで上がり、造られた世界を飽和し、渦を巻く。

その勢いたるや天を裂き、大地を砕き、大海をも二つに分かつ。

心を一つにし、完全な形に戻った征服王の軍勢の前にはいかなる堅牢な城も、何倍もある敵も問題ではない。

ましてや動く死体に過ぎない死者の軍勢など時間稼ぎにもならない。

現に相対する『六王権』軍はその軍勢の威風に圧力に、完全に呑まれていた。

「では行くぞエミヤ。相棒の足についてこれるか?」

「俺も俺なりに鍛錬を積み重ねたつもりです・・・」

返答になっていない答えを士郎は返す。

「では問題ないな・・・」

突撃の号令を発しようとしたイスカンダルを何故か士郎が止める。

「陛下少々お待ちを・・・戻ってきた」

そういうと先程英霊に手渡した刀を受け取る。

どうやら『王の軍勢』の全員に手渡されたらしい。

外見上特に変化は見受けられない様に思えた。

だが、その刀は先程とは一変し、宝具かと見間違える程の威圧と力をまるで蒸気の如く立ち上らせる。

それも道理、この刀の名は左文字。

日本戦国時代、今川義元、織田信長等数々の有力大名の手から手に渡り続けた名刀。

その逸話ゆえかこの刀には宝具でないにも関わらず、他に類を見ない特殊な能力を持っていた。

この刀が他人の手に渡るとその持った人物の力を僅かだが吸収し、己の力とする。

理論上、持つ人間の数が多ければ多いほど、そしてその持ち手の力が強ければ強いほど蓄える力は増してゆく。

英霊化した軍勢である『王の軍勢』とこの左文字との相性は恐ろしいほど良かった。

ただ一つネックを上げれば、蓄えた力はあくまで消耗型。

時間が経つにつれて吸収した力は霧散してしまう。

長期戦には適していないが数多の武器、宝具を駆使する士郎にとっては深刻な問題ではない。

「では問題ないな?」

「御意、いつでも大丈夫です」

「では行くか・・・蹂躙せよ!」

王の命令はこれだけだった。

だがそれだけで充分だった。

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

『うらあああああああああ!!』

当然の様に凸陣形に組み直され、怯む色も見せず『六王権』軍に真正面から突撃を開始する征服王の軍団。

その先頭には、名馬ブケファラスに跨るイスカンダルが、その隣には左文字を右手に、左手に虎徹を持ちブケファラスと同じ速度で疾走する(おそらく脚部に強化を施したのだろう)士郎がいた。

「エミヤ!露払いをいつもの様にやれい!」

「はっ!」

イスカンダルの命を受けるや士郎は左文字と虎徹を宙に放り投げそれと同時に投影を開始する。

「投影開始(トーレス・オン)・・・猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ!!)」

ヴァジュラは真名を命ぜられると同時に雷となり『六王権』軍を薙ぎ払う征服王の初撃となる。

数体の死者が薙ぎ払われ、それと同時に爆発がその数十倍の死者を引き千切る。

宙に投げられた二本の刀は当然の様に士郎の手に収まる。

更には

「アン・ドゥー・トロア!!」

『六王権』軍の目の前に現れたレイが自分の周囲に氷柱を一斉に発現させ死者を串刺しにしていく。

目の前の獲物を貪ろうと手を伸ばす死者もいたが、すぐに白猫に姿を変えると素早く離脱して士郎の肩に乗る。

「エミヤ!止めだ!飛び込め!」

「御意!!」

イスカンダルの命に従い更に速度を上げた士郎が『六王権』軍に突っ込む。

「はああああ!!」

左文字を振るうと群がろうとしていた死者がたちまち切り伏せられる。

それでも怯む事無く雪崩を打って迫る『六王権』軍の死者だったがそれも無駄だった。

「おおおお!!」

右から迫っていた死者に左文字を突き刺すと、直ぐ目の前にまで迫っていた死者に向かって虎徹を構え、平突きを放つ。

かつて誠の一字を旗印に、こことは違う内戦時の日本を戦い抜けて来た壬生の狼達の業と力を受け継ぐと言わんばかりの平突きが前方の死者と真後ろの死者の群れまとめて吹っ飛ばす。

直ぐに左文字を死者から引き抜き、まさに獅子奮迅の力闘を続ける士郎。

そして虎徹や左文字を振るう士郎に征服王の軍勢は正しく報いた。

「エミヤに続け!!余に続け!!」

『おおおおおおおおおおおおお!!』

ヴァジュラとレイの攻撃によってこじ開けられ士郎の奮戦により更に広がった『六王権』軍の亀裂に容赦なく躊躇う事なく飛び込んでいく。

そこから先は語る必要も見出せなかった。

義務すらも無い。

傍目から見ればそれは激戦だった。

だが、その内容は一方的な虐殺、戦闘ではなかった。

それがまかりなりにも戦闘に見えたのはその数の差。

征服王の英霊一体に死者が次々と群がる。

それだけの差があっても彼らにはハンデにすらならなかった。

秒単位で次々と打ち減らされ埋め尽くした死者の軍勢は面積を減らしていく。

五分後、最後の死徒も、

「お上に仇名す破滅の妖刀(村正)!」

士郎の一閃で灰となり、『王の軍勢』に取り込まれた『六王権』軍は全滅した。

『おおおおおおおおおおおおおおお!!』

歓喜の雄叫びと共に彼らの王を称え、王に捧げる勝利に酔う。

やがて軍勢は時の彼方へと消え去り、それと同時に世界は再び永久の闇が支配するロンドンに移り変わった。

イスカンダルと士郎は最初の時と同じく、戦車の前に並んで立つ。

だが、その前方には何も存在していなかった。

「エミヤ!!腕は錆びておらぬ様だな!安心したぞ!」

「いや、お言葉ですが陛下、貴方と別れてからこちらの時間では数年程度しか経っていないので錆び付く筈がないのですが・・・」

大笑して士郎の力が当時と衰えていない事を純粋に喜ぶイスカンダルに対して、苦笑気味に意見する士郎。

そんな二人の間に強引にそして珍しく無遠慮に割り込む影があった。

「征服王・・・」

この状況ではむしろ力強い味方である筈のイスカンダルに剣を向けるアルトリアだった。

その表情はどこまでも険しく固い。

「アルトリア?」

「ほう、騎士王ではないか久しぶりだのう。それにしても再会の挨拶にしては些か物騒ではないのか?」

突然のアルトリアの行動に士郎は困惑し、イスカンダルはやや眉を顰めた物のいつもと変わらぬ口調でずれた事を言う。

「・・・征服王、一度しか言わぬ・・・シロウより離れろ」

そんなイスカンダルの軽口にも応じず固い口調でアルトリアは周囲の全員の予想もつかない事を口にしていた。









何故この様な行動に出たのか?

アルトリアは自分でも説明できなかった。

だがはっきりと解っている事もある。

士郎がイスカンダルと親しげに会話を交わす姿を見た瞬間、先程の不快な感情が抑えられないほどその胸中より噴出した。

考えるよりも先に体が士郎とイスカンダルの間に割って入り剣を突き付けていた。

口からは自分ですら信じられない言葉が紡ぎだされていた。

「ア、アルトリア??一体・・・」

訳がわからず事の真意を問い質そうとした士郎に

「シロウ!!あなたもあなたです!!なぜこの様な暴君に仕えているのですか!!」

純粋な疑問と圧倒的な憤りをもって問い質していた。

「シロウ!あなたの理想と征服王の暴虐な王道とは真っ向から相容れられない筈!!どうしてですか!!」

「・・・確かにな」

憤怒の表情のアルトリアに対して士郎は苦笑を浮かべてアルトリアの言葉の正しさを認める。

「確かにイスカンダル陛下が掲げる王道はアルトリアのそれとは完全な真逆だし、俺の理想とは絶対に相容れられない。国を蹂躙し圧倒的な勢いのままに侵略と遠征を繰り返してきた」

「だったら!!」

「だけど」

アルトリアの言葉を遮り士郎はきっぱりと断言する。

「それでもイスカンダル陛下は王だ。あの時代が選んだ名君だ。アルトリアがあの時代のイギリスに選ばれた名君であるように」

その口調は誇りに満ちていた。

偉大なるイスカンダルに仕えたという誇りに。

「修行で俺はある平行世界において陛下のいた時代に飛ばされ、うやむやの内に・・・はっきり言えば状況に流されて陛下の臣下に加わった。そしていくつもの戦場を陛下とそして陛下に心の底から忠誠を誓った数多くの英雄達と共に戦ってきた」

静かに語る。

その口調に誰も口を挟めなかった。

「いくつもの国を蹂躙し粉砕し突破してきた。だがイスカンダル陛下は一度とて人の心を踏みにじるような真似はしなかった」

「!!」

その言葉がアルトリアの心を深く抉る。

「勝利を収めても決して滅ぼす事無く、制覇しても辱める事は無く、猛将、名将、王侯を打破してもその財にもその権力にも眼をくれる事無く、その心を、魂を認め受け入れ召し抱えて来た。俺もその一人だっただけさ。イスカンダル陛下の器に魅せられ惹かれたな。俺の理想とは真逆であると判っていても惹かれてしまった。それだけの器とカリスマを併せ持っている陛下に」

アルトリアは一言も発せられなかった。

改めてアルトリアの脳裏にあの言葉が浮かぶ。

(アーサー王には人の心がわからない・・・)

「・・・シロウそれは私は王として相応しくないという事でしょうか?」

「やれやれ、どうしてそういう結論になる」

そこに口を挟んだのはイスカンダルだった。

「エミヤは今はっきりと口にしたではないか。お前もまた時代に選ばれた名君だと」

その口調には苦笑が混じっていた。

「お前の治世で戦乱は止まり平穏が訪れた。それは余とて認めなければならぬ事実であり功績だ。余が気に食わなかったのはお前はお前と言う一つの人格を全て否定し、ただ国の為に民草の為に尽くそうとした事、言葉を変えれば尽くしすぎた事であろうな」

「つ、尽くしすぎた?」

「そうだ。人の欲望、願望と言うものは往々にして無限と言うもの。十の期待に応えてやれば今度は二十の、百の期待を求める。そしてそれが叶えられぬと解れば掌を返して失望する事が多々ある。だが、それは人の業。別にそれを責める謂れはない。だがな、お前の場合は十の期待を二十や百にして応えようとした。個を犠牲にしてな。その様な王道が長続きする筈が無い。人であるならば王であろうと一介の民草であろうとも個を大事にすべきなのだ。だからこそ王道は輝きを増すのだからな」

「・・・それは人の、民の一つの側面として認めましょう征服王。貴方の言葉は一部ですが正しい事を。ですが王となった以上その身命は民の為にある、それだけは譲れません」

一部は認めながらも、それでも己の信じる王道は否定しないアルトリアをイスカンダルは特に落胆するでもなく、

「まあそれは人それぞれ決して譲れぬ王道と言うもの、それまでも否定する気はない。それにしてもお前も随分頭が柔らかくなってきたではないか。それに随分とエミヤに執心しておったが・・・ははん」

そこで極めて人の悪い笑みを浮かべるイスカンダル。

「な、何ですか?」

「なるほどなぁ、はっはっは!!悋気か!少しは小娘らしくなってきたではないか!安心せい!余に衆道の趣味はあるが、エミヤにはそちらへの関心は欠片もない!エミヤを臣下としてでなく、一人の男としてほしいのであれば遠慮はいらん!持ってゆけい!」

「!!!」

イスカンダルの言葉に湯気が出るかと錯覚するほど顔を真っ赤にさせたアルトリアは何のためらいも無くエクスカリバーを開放した。

危険を察知した士郎が直ぐにアルトリアを羽交い絞めとする。

「って!アルトリア!気持ちは多々わかるがそれはまずい!」

「シロウ!離して下さい!これだけの屈辱を受けて黙っているわけには行きません!!」

「頼むから落ち着いてくれ!って陛下!貴方も笑っていないで宥めて下さい!ディルムッド!悪い!!アルトリアを押さえつけるのを手伝ってくれ!」

「は、はっ!」

結局アルトリアは士郎、ディルムッド、セタンタ、更にはヘラクレスの四人がかりでようやく押し留めるのに成功した。

「ふう・・・何とかなった・・・」

「まだ何とかなっていないわよ衛宮君」

どうにかアルトリアを宥め、安堵の溜息を吐いた士郎の背後から鳥肌が立つほどの寒気を伴った声が響き渡った。

「・・・えーっと・・・凛、何か怒って・・・いるよな・・・」

「さすが良くわかっているわね衛宮君」

振り返った士郎の背筋に冷や汗が滴り落ちる。

凛は異常なほど満面の笑みを浮かべている。

だが、それは士郎に生命の危機の警報をならせるのに十分なものだった。

凛が『士郎』ではなく『衛宮君』と呼ぶ時は大きく分けて三つ。

嫌味を口にする時、極めて大切な事を聞く時、そして憤怒のあまり感情を押さえ込むのが精一杯な状態。

そして今の凛はその三つ目の状態だった。

「お、落ち着け凛、他に方法が無かったんだ。騎士団も『彷徨海』も壊滅してこっちは戦力が激減しているんだ。お前だってわかっているだろ・・・」

冷や汗をだらだら流し一歩ずつ下がりながら必死に弁解を続ける。

「ええそれは解っているわよ」

にっこり異様なほど満面の笑みで応じる。

「でもね・・・」

次の瞬間笑みが憤怒の形相で吼えた。

英霊二体増やすってどういう了見よーーーー!!このすっとこどっこい!

全くですわーーー!!

ガンドが雨の如く降り注いだ。

それも二倍で。









「ぜえ・・・ぜえ・・・」

ガンドの豪雨を避けてかわして逃げ切り、それでも何発は受けたが、それも服が身を守ってくれたが。

とりあえず士郎は肩で息をしていた。

「相も変わらずしぶといわね」

こちらも肩で息をして(疲労の為ではなく、感情が未だに落ち着かないため)未だに士郎を睨みつける凛。

「で、落ち着いたか?」

「まあね。でもしっかりと事情は説明させて貰うわよ」

「ははは・・・お手柔らかにな・・・で、凛、そっちの子は?なんか凛と極めて良く似た気性のようだ・・・ぐほっ!!」

腕に捻りすら効かせた崩拳が見事に鳩尾に決まる。

「な、なんか気に障る事言ったか?」

「ええ、絶対言われたくない事を。それはそれとして、一応紹介しておくわ」

「ミス・トオサカに紹介されるまでもありませんわ。初めまして『錬剣師』ミスタ、シェロ・エミヤ。私、」

「ちょっと待ちなさい。そこの金髪縦ロール」

自己紹介しようとしたルヴィアを凛が止める。

「何ですの?この私の紹介を止める気ですの?トオサカには最低限のマナーすらも備わっていないんですの?」

「マナー知らずはあんたでしょうがルヴィア、何初対面の人間に愛称なんて使っているのよ?・・・私ですらやっと名前で呼べる様になったって言うのに

凛の指摘にルヴィアは本気できょとんとする。

「は?何を言っているんですの?彼はシェロ・エミヤでしょう?」

「シェロじゃないわよ。こいつは士郎よ」

「ですからシェロでしょう!トオサカは何時の間にか耳が悪くなったんですの!」

「あんたこそ何時の間にか頭悪くなったの?こいつはし・ろ・う!だって何回言わせれば」

「あ〜凛ちょっと待った」

堂々巡りに入る前に士郎が止めに入る。

「何よ士郎」

「ひょっとして・・・彼女、『シロウ』が上手く発音できないんじゃないのか?」

士郎の指摘に改めて全員がルヴィアを見る。

「・・・」

視線を集められた当の本人は顔を赤くしてそっぽを向いている。

どうやら図星のようだ。

「あ〜なるほど。そうよね〜あんた日本嫌い、日本人嫌いだったわよね〜日本語なんか部屋の片隅の埃よりも興味ないって公言していたわよね〜かわいそうね〜誰でも簡単に発音できる『シロウ』も発音出来ないんだ〜」

ここぞとばかりにあくまの笑みでルヴィアをおちょくる凛。

『誰でも簡単に』と言う言葉を殊更に強調しながら

「!!べ、別にいいでしょう!!とにかく!ミスタ、シェロ!私はシェロの事をシェロと呼びます!文句はありませんわね!!」

半分逆切れ気味に宣言する。

「あ、ああ・・・それは構いませんが・・・えっと名前を・・・」

「そ、そうでしたわね・・・こほん、では改めましてシェロ、私ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと申します」

改めて自己紹介を再会し優雅に一礼する。

「エーデルフェルト・・・ああ、北欧の名門魔術師一族の・・・師匠から話は聞いてます。」

「大師父からですか?」

「ええ、今代のエーデルフェルトの継承者はこの時代に現れた無限の可能性を持つ原石の一つだと」

「まあ、さすがは大師父、私の実力をきちんと見極めていますわね。細かい事を陰湿にいびるトオサカとは大違いですわ」

士郎からの口伝とは言え、自身がゼルレッチから高い評価を受けていると知り凛を尻目に上機嫌で余裕の笑みを浮かべるルヴィア。

「ねえ士郎、私はどうだって大師父は言っていたのかしら?」

反面、再び人を殺せる笑みで士郎を睨みつける凛。

「いや、そんな怖い顔するな凛、師匠はお前とルヴィアゼリッタさんを同じ才覚の持ち主だと見ているぞ」

その瞬間、凛とルヴィアは息もぴったりに叫んだ。

「「なんで私とこいつ(彼女)が同列だって言うのよ(ですか)!!」」

「俺に言われても困るんだが・・・」

感情の赴くままに士郎を問い詰める二人に士郎は小さく溜息をついた。









『六王権』軍も壊滅し、凛とルヴィアから詰め寄られる士郎、それを屋根から見下ろす人影があった。

「・・・」

静かに頷くと気流操作の魔術を用いて、まるで空を飛ぶようにロンドン中心部に向かう。

そこには『クロンの大隊』のメンバーが一旦陣形の再編を行っている最中だった。

その中心部に静かに着地すると、視線の先にいた少女・・・バルトメロイ・ローレライに恭しく報告する。

「申し上げます。『六王権』軍、完全に壊滅しました」

「壊滅したのですか?」

「はい、どうも今回には『錬剣師』が関わっています。現地にて『錬剣師』本人を確認いたしました」

その名を口にした瞬間、バルトメロイの周囲の空気が爆ぜた。

「・・・『錬剣師』がですか?」

表情も口調も変えず周囲からは陽炎が立ち昇るほどの殺気と魔力を吹き上げながら、それでも淡々と質問を出す様子に周囲の『クロンの大隊』のメンバーですら震え上がった。

「は、はい、更に協会が確認した英霊以外にも別の英霊を従えて『六王権』軍が集結したポイントで交戦を開始、全滅させました」

「また英霊アルトリアの守備ポイントにも英霊と思われる援軍が現れています」

別の大隊のメンバーからの報告に一つ頷く。

「・・・これで現代に七体の英霊が現れたという事ですか・・・追々調べ上げねばならないでしょうが・・・まあ今はその様な些細な事などどうでもいいですね。エルメロイU世から結界を再敷設した後、交代で休息させろと指示が届いた。全部隊にその旨を伝えなさい。『六王権』軍が何時再攻撃を加えるか不明ですから大至急。ああそれと副官、貴方は残りなさい」

バルトメロイの指示に一斉に動き出す『クロンの大隊』。

「それと、貴公には別の任務を与えます」

「はっ?」

「至急『錬剣師』、シロウ・エミヤをここにつれて来て貰いたい。『バルトメロイ・ローレライが貴公に折り入って話がある』と言っていたと」

「わ、わかりました」

バルトメロイからの命令を受けてその場を立ち去る。

「・・・ふふふ・・・遂に来た・・・この日が遂に・・・エミヤに我がバルトメロイの怒りを叩き込む時が・・・」

一人、バルトメロイは残忍な笑みを零す。

抑える事が出来ない。

遂に待ちわびた瞬間が訪れようとしているのだ。

押さえ込む気すらない。

おそらくこれを実行すれば『魔道元帥』も『時計塔』院長もそして彼の盟友だと言う『真なる死神』が黙っていないだろうがそんなものなどバルトメロイは歯牙にもかけていなかった。

「あの日、・・・エミヤによって受けた恥辱、屈辱、侮辱を晴らすこの日をどれだけ待ったか・・・待たせた分、つけは貴公に払ってもらいましょう・・・エミヤよ・・・」

偽りの闇の中嗜虐の笑みを満面に浮かべ現在最高峰の魔術師(ザ・クィーン)は痴呆の如く立ち続けていた。









一方『闇千年城』では・・・

「・・・そうか」

ロンドン攻略部隊の惨状を表情一つ変える事無く聞き終えた『六王権』が一つそう呟いた。

「西侵軍イギリス侵攻部隊は主力であるロンドン攻略部隊二十万ほぼ全てを失いました。ルヴァレは一旦イギリスドーヴァーに撤退し橋頭堡の確保を努め、コーンウェルに差し向けた部隊を呼び戻しましたが、それでも残存戦力は十万にも達しておりません」

こみ上げてくる怒りを押し殺し『影』が静かに報告をまとめる。

「・・・ここまで無様な敗戦の原因は?」

「情報によると『錬剣師』がロンドンに出現。更に新たな英霊が出現。それが直接の原因です。ですが、間接的な原因としてはルヴァレが功を焦り、現状を完全に把握せず、無闇に突出させた事が被害をここまで大きくさせた要因かと」

正体不明の援軍が現れた時点でルヴァレは軍を後退させてでもその正体の把握に努めなければならなかった。

だが、現実は上手くいきかけたロンドン攻略を妨害されて焦り敵のあからさまな誘導に引っかかりこの大損害を与えてしまった。

「・・・やはりこの程度か・・・『光師』の案も今回は裏目に出たようだな」

ルヴァレをイギリス侵攻部隊指揮官に任ずる事には最初『六王権』も『影』も難色を示していた。

それを説得したのは『光師』だった。

これは情けや温情ゆえではない。

『ルヴァレは自身の汚名を雪ぐ機会を伺っています。それなら現状のまま燻らせるよりはその功名心を利用して僕達の戦局を有利するのも一つの手ではないかと思います』

汚名返上の機会を虎視眈々と伺っていたルヴァレの心理を利用しようとした人事案だった。

『六王権』も『影』もその案を最終的には是とし、ルヴァレを指揮官に任命したのだが、結果はかくも無残なものだった。

「その件で『光師』から連絡が、『全責任は僕にあります。どんな処断も受けます』との事です」

「そうか・・・もう言ってきたか」

「はい、『光師』らしいといえばらしいですが」

常日頃は年相応の子供として好き勝手振舞っている『光師』だったが、彼とて『六王権』側近衆『六師』の一人。

上に立つ者として責任を取るという自覚を覚えていた。

「・・・今回の事は思い軽いは別として『光師』にも一定の処断を下さざるおえんだろうな」

「御意。ですが・・・」

「ああ、最も処断を下さねばならぬ者を放置は出来ん。『影』、ルヴァレの元に赴きこれを渡せ。最終勅命だ」

手品の様に現れた紙の筒を『影』に手渡す。

「最終勅命・・・久方ぶりでございますな。御意これより直ぐに」

「ああ、それと」

「はっ?」

「『錬剣師』の元には赴くな。奴らはロンドンに篭るだろう。『錬剣師』だけでなく英霊達とまで戦うとなればお前でも手を焼くだろう」

「・・・お見通しでございましたか・・・残念ではございますが・・・御意」

ルヴァレに最終勅命を下した後、ロンドンの士郎の下に赴こうと考えていた『影』だったが、主君に釘を刺され、苦笑しながら一礼した後影の中に消えて言った。

「・・・さて・・・戦略を練り直さねばなるまいな・・・『陰』も動き、『錬剣師』も動きだし、更には新たな英霊が出現、事態がここまで動き出した以上は・・・」

そう呟き『六王権』は静かに眼を閉じ、これより先の戦略の手直しを開始した。

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